久留米附設中高の校長先生が書いた本を読んでみた。

こんにちは、オーダーメイド教育でお子様の人生を好転させる、プロ家庭教師のDIC学園久留米校の鹿野耕平です。前回に続いての、久留米附設中特集では、先代の校長先生が書かれた「<進学校>校長の愉しみ」の書評をお送りします。本書は二部構成となっており、主に吉川校長が考えたこと、書いたことをまとめた本部と、式辞・告示類など話したことをまとめた付録からなります。印象深かったのは次の3点でした。

まずは附設の歴史を非常に重く受け止めてあったことです。建学の精神や歴代校長の歩みを踏まえ、自分に与えられ、果たすべき役割を真摯に考えられていることに感銘を受けたことです。当初附設高校が久留米大学の附属として設立されたのは1950年ですが、当時は旧陸軍の名残を周囲に深くとどめていました。

それは建学の精神や校歌にも深く刻まれています。板垣政参初代校長は建学の精神を「国家・社会に貢献しうる誠実にして気概ある人物の育成」と記しました。さらに中学を設立した原巳冬校長がそれを「国家・社会に貢献しようとする、為他の気概をもった、誠実・努力の人物の育成」とします。あくまで「為他」の他者ではありますが、個人を表に出すことで、国家主義・社会主義色を薄めます。また板垣校長は篤実なクリスチャンであり、原校長は禅に打ち込んだそうです。「他為」という言葉は道元の正法眼蔵からとられています。必ずしも宗教的な文脈でとらえる必要はないと思いますが、校歌3番には世俗とは一線を画す雰囲気が伺われます。

修羅道の世を 救うべく、

平和の 偉業 任として

築く 不朽の 真善美

見ずや 我等の 大使命

本書では「他為」「修羅道」「真善美」と言った言葉について考察がなされ、式辞でも執拗なまでに繰り返し言及されています。

次に、専門家のもつ、堂々、真摯、誠実といった倫理性です。附設中高は言わずと知れた、九州では1、2の進学実績を誇る名門進学校で、高度職業専門人の典型たる医学部進学者を多数輩出しています。吉川元校長は「医師という道しかないような狭い進学先に卒業生が集中していることが世間的な評価になることには、甚だ複雑な思いは否めない」と書きます。その一方で「健全なる素人」であれと言います。「健全なる素人」とは、筆者の言葉を借りれば、「少なくとも一分野では卓越した専門家であり、それ以外の分野では、卓越性を獲得した分野での訓練や経験を通じて得た洞察力に基づく直感的な判断力が発揮できるような人物」のことです。さらに「健全なる素人」は「他者の生を自らの生として感覚できなければな」りません。私が、教育の専門家として、しかも家庭教師という教育の中でもさらに特殊な専門家として、他者のご家庭という最も親密な社会に足を踏み入れる際に、どんな倫理性を持っていなければならないか強く考えさせられます。

最後に、他の誰でもない附設生に向けられた豊かな教養です。本の紹介の後に図書館の本を期限内に返すよう注意したり、文明と文化の違いを説明した後で文理選択について述べたりします。私も教えたことのある一人は、吉川校長からフランス語で書かれた数学の本を渡されたと言っていました。偏差値というヒエラルキーの中で闘い、自分の軍事的関心とフランス語をつなげ、最終的にロシア語を学ぶ進路選択をして自らのストーリーを練り上げていく姿は、私が理想とする進路の主体的選択の一モデルとなっています。

この本に収録されている久留米附設中高の校長式辞についてはホームページに随時掲載されてあるので、関心のある方はご参照ください。しかし、附設でなければこうした選択ができないわけではありません。学校についてできるだけ多くの情報を集めて、3〜6年を過ごすあなただけの学校を一緒に探しましょう。

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