評論読解で役に立つ 哲学用語

倫理未履修者もこれだけは知っておきたい

評論読解で役に立つ 哲学用語

みなさん、こんにちは。DIC学園熊本校の小山英光です。

評論読解については、その文章構造を押さえることが早道ではあります(私の前回のブログをご参照いただきますと幸いです)。ただ、そうはいっても、使用されている用語の中には簡単な注を読んでも理解しがたい用語があるのも現実です。特に哲学関連の用語にその傾向が多く見られます。そこで、今回はあらかじめ知っておきたいという哲学用語をご紹介します。

1 (文化・価値)相対主義

相対主義とは、いつ、どこにでも、だれにでも当てはまるような絶対的普遍的な真理や価値は存在しない、という考え方のことを指します。これは紀元前5世紀のギリシャのソフィストであるプロタゴラスによる「人間は万物の尺度である」という言葉に代表されるような価値観で、プラスの面としては、各人の価値観の違いを認め、それぞれの主観性を尊重し、旧来の因習から人間を解放する面がある一方、マイナス面としては、普遍的な道徳や価値観を揺るがす面が認められます。

皆さんが読む評論では、多く「文化相対主義」もしくは「価値相対主義」として登場することが多い語です。この語を使用する論者の問題意識としては、19世紀~20世紀前半にわたって世界を席巻した「帝国主義」が、その背景に「西洋中心主義」を潜ませていたことへの強烈な批判意識があると思われるので、まずはこの「文化相対主義」「価値相対主義」の全ての文化を平等に扱う姿勢を肯定的に評価します。例えば、1970年代以降にカナダ・

オーストラリアを中心に広がった「多文化主義(マルチカルチャリズム)」は、各民族の多様性・アイデンティティを保持し共存していくこと主張することで、いわゆる「白豪主義」政策の廃止と言う果実をもたらしました。

では、それを踏まえて何を論ずるかといえば、例えば、①グローバリズムとの緊張関係。多くグローバル「スタンダード」という使われ方をすることからも分かるように、「(文化・価値)相対主義」は、国際的な平準化を求める「グローバリズム」とは緊張関係に立つことがあります。また、②いくら「(文化・価値)相対主義」とはいえ、発展途上国に多く見られるような女性や幼児への差別的慣習(割礼の強要など)への対応など、本当に普遍的な真理からの抑止を考えなくてもよいのか、という切り口で論じられます。

2 心身二元論(他にも単に二元論や霊肉二元論・物心二元論など、呼称は多数あります)

これは、近代哲学の父、デカルト(1596~1650)が自身の哲学を極めていく中で、導き出した考え方で、哲学のみならず自然科学の発展にも寄与することとなった重要な考え方です。

デカルトは、当時の哲学が「論争の余地のない、したがって疑いをいれる余地のないような事柄が、何一つ哲学には存しない」のを知り、最も確実な原理(第一原理)を求めました。そのための方法として、彼は疑わしいものをすべて疑う方法的懐疑を用いました。その結果、そのように疑い続ける「われ」(考える精神)の存在を確信し、「われ思う、ゆえにわれあり(ラテン語 コギト・エルゴ・スム)」と表現しました。この「考える精神」の発見は、主体的に思考する自己(近代的自我)の自覚であり、近代哲学の始まりとなりました。これ以降、デカルトは世界を認識するもの(主体=精神)とされるもの(客体=物体)に分けて考えます。

このように、デカルトは、世界は精神と物体から成り立っている(精神上位の心身二元論)と考え、精神の本質は思考、物体の本質は延長(=高さ・幅・奥行きを物理的に測れること、よって自分の身体も物体に含まれるとしました)としたのです。

この考えは、自然現象から精神や意志といった超自然的なものを奪い去り、数学的な法則に従って動くのみとする機械論的自然観へとつながり、ライプニッツやニュートンらに大きな影響を与え、近代自然科学の発展に大いに寄与することとなりました。

ただ今日、このデカルト流の心身二元論を全面的に支持する評論を読むことはまずないといってよい状況にあります。いろいろ批判はありますが、同時代の哲学者による批判をご紹介します。

それは、スピノザ(1632~1677)による批判です。彼は、精神と身体と別に存在すると「悲しいから涙が流れ出る」理由が説明困難になってしまうと批判します。このように精神と身体が密接不可分の関係にあることは、例えば現代医学が「心療内科」(精神症状や心理的要因からくる身体症状の治療を行う 例 胃潰瘍など)を設けていることからも妥当な考え方ということができます。

では、それを踏まえて何が論じられるのかというと、一言で言うと「精神上位」に対するアンチテーゼともいうべき状況です。例えば①脳死臓器移植における死の定義問題。先程も述べたようにデカルトの議論は「精神上位の心身二元論」でありました。ところが、脳死臓器移植においては、新鮮な臓器を獲得するために死の再定義が法律で行われましたが、その妥当性の問題。次に②指紋認証や光彩認証といった私たちの身体で私たちを識別するシステムが私たちの意識などは全く問題としていないこと、などが論じられる傾向にあります。私たちの「身体」の利用価値とおいてけぼりにされがちな精神の問題とでもいうべき問題に焦点が当てられている状況です。

以上、相対主義・心身二元論という哲学用語について、その意義と現在の問題状況についてお話を致しました。哲学と言うと何かとっつきにくい印象がありますが、この2つだけを考えてみてもお分かりになるように、単に歴史的なものではなく、現代の最先端の問題とも深くつながっていることがお分かりいただけたのではないかと思います。特に、今「倫理」を学んでいる方やこれから学ぼうとする方は、この点を頭に置くと、興味を持って深い学びができるはずです。私自身も、学び続けていこうと考えています。

参考文献

清水書院「新訂第2版 倫理資料集」

田中正人・斎藤哲也編集監修「哲学用語図鑑」(プレジデント社)

同「続 哲学用語図鑑 中国・日本・英米分析哲学編」(プレジデント社)

DIC学園 熊本校
お問い合わせ: 0120-598-123

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