勉強する意味

こんにちは。
ディック学園大分校チューターの高山です。
先日、テレビドラマ「先に生まれただけの僕」を見ていた時の事、主演の櫻井翔演じる校長役の鳴海涼介が授業中に生徒から勉強する意味は何か、と問われ困惑するというシーンがありました。
いつの時代も、学生時代は必ず一度は考えた事があるかと思います。
果たして、ここまで無理をして覚える必要はあるのか、将来何の役に立つのだろうかと。
そしてまた、生徒と関わる我々講師も少なからず一度は同じような質問を受けた事はあるはずです。
劇中シーンで校長の鳴海は「良い大学に入る為、良い会社に就職する為、いや、、、」と言いかけて困惑、言葉を濁す。
みなさんはどう考えますか?
学生は学生の立場として、頑張りたい自分はいるが何故か頑張れないという葛藤と闘い、指導する側も指導する立場として、自主性を引き出してあげたいがどのようにしてそこに導くのか、双方がここにもがき苦しんでいるように感じます。
私は20代前半にテレビで見たドキュメンタリー番組が強く印象に残っています。教育を受ける事の意味を題材とした内容でした。欧米の某有名大学20歳男女、途上国からは学校教育を一切受けずに育った20歳男女が共に、知能、技能をテーマに100の問題、課題が与えられます。点数方式で行い、一問一点形式で結果を出したところ欧米の男女は平均80点以上、途上国の男女は平均20点も満たない結果となりました。
この番組では、脳が発達する幼少期から20歳までの間に教育を受けてきた若者は自ら考え、正しい判断力を身に付けている事を明らかにしました。
何がこういう結果を生んだのか。
番組では、学校教育を受けてきた若者は語学、数学、社会教育、など様々な分野の教育を受ける事で、脳のあらゆる分野に多方向からのアプローチで刺激を与え、最終的には自発的思考能力を高め、優れた判断力を育てる、という結論で締めくくっていました。
大人になり社会に出て、自ら考え、律していく力を学校教育は与える。
学ぶ意味はそこにある、というものでした。ポイントは自発的に考え、行動する、この部分にある事だと考えます。
冒頭で触れた学園ドラマの中では、“アクティブ・ラーニング”という手法で学園内の授業の在り方を変えていきます。従来の学校教育の基本的な形である教師が生徒に教えるというメソッドを崩して、生徒を主体に、それぞれが対話をしながら学びを深めていくという作業を通して自主性を引き出す事に焦点を当てていました。

「みんなの先生はみんなの中にいます」というセリフがありましたが、そこを重要なポイントとして訴えかけている様にも感じました。与えられるだけの授業では、どう活かしていいのかわからないようなことも、与える立場に少しでも入るだけで、多面的に、かつ現実的なものに置き換えて向き合うことができるようになる。

あらゆる分野の科目を学ぶ事で、脳のあらゆる分野を刺激し、脳を活性化し、尚且つ、指導する側も、「教える」という役割から、「考える場を与える」という役割に発想を転換するする事。
未来を担う若者達に、教育を通して「自主性」、「判断力」を身に付けてもらう事なのでしょうか。
私自身、この仕事をさせていただく中で、生徒様の成績が上がる事はもちろんですが、それ以上に「何事にも頑張れるようになった」、「学校がとても楽しくなった」という言葉をいただく事の方がより嬉しく感じます。その先に成績向上が付いてくると感じているからです。
とても難しいテーマではありますが、教育においては最大のテーマだと常に感じ
ています。
怠け呆け、やる気の無かった学生時代の自分にも語りかけたいものです。

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