全ての教科に通じる論理的思考力の重要性③

こんにちは。久留米校の中村です。
かなり間が空いてしまってのシリーズ第三回となりますが、今回は国語、その中でも物語文・小説の読解問題について書きたいと思います。

① 国語なんて、日本人が日本語を読むのだから勉強する必要なんてない。
② 読書が好きな子は国語の成績が良い。
③ 物語や小説は「登場人物の気持ちになって考える」ことが重要だ。

こんなことがまことしやかに言われることもありますが・・・・・

① については完全に間違っています。日常会話レベルの日本語であれば、確かに勉強しな
くても読み取ったり聞き取ったりできるでしょう。しかし、教科としての国語の問題は、そういった日常会話レベルの理解を求めているわけではありません。指示語や接続語のはたらきを通して、文章全体の論理的な構成を把握できているかどうかが試される教科です。
主語・述語、指示語、接続語を強く意識して文章の流れを正確に読み取りましょう。

② については正しいとも間違っているとも言えません。日頃から本に触れていることによ
って、活字に抵抗感がなくなる、漢字や言葉の知識が増える、といった利点があります。
しかし、自分が好きなジャンルの本を読んで、面白かった・つまらなかったという感想を持つだけの「読書」と、教科としての国語の問題を解くことは次元が異なります。
国語の問題を解くときは、好き・嫌い、面白い・つまらない、といった感想は横に置いておいて、そこに書かれている情報を正確に読み取って、設問に答えることが重要です。
例えば、「花子さんが1個200円のリンゴを3個買って、1000円札で払いました。おつりはいくらでしょう?」という算数の問題が出されて、「私は花子という名前が好きじゃないから」とか「僕はリンゴが嫌いだから」といった理由でその問題を解かない人はいませんよね?国語の問題でも同じことです。

そして本題の③について。これは小学校や中学校の国語の授業でもよく使われるフレーズですが、「読書の仕方」としては間違っていないものの、「国語の問題の解き方」としては完全に間違っています。
同じシチュエーションでも、人によって感じ方・考え方は異なるものです。物語や小説の中に自分が入り込んでしまって、自分の「主観的な考え方」を入れてしまうことになると、そのテストを受けている人の数だけ感じ方や考え方が存在することになり、国語の問題としては成立しません。
物語や小説の読解問題を解くときは、「その場面を俯瞰して見ること」が鉄則です。登場人物に感情移入してはダメなんです。「この人はこういう仕草をしているんだから、このような気持ちなんだな」と、客観的に冷静に観察することで、出題者が求めている正解を導き出せるのです。
「○○だから△△だ」・・・そうです、ここで必要となるのが論理的思考です。人によって受け取り方は千差万別、そんな物語や小説の読解問題で、たった一つの正解を設定するためには、論理的思考によって正解を導き出せるような問いでなければならないのです。

「読書」の延長で、面白い・つまらないといった感想を抱きながら問題文を読んでいるうちは、読解問題の点数は伸びません。
そこに書かれている「情報」を、感情を込めずに客観的に読み取ること、これを意識するだけで読解問題の点数は飛躍的に伸びます。
国語が苦手だという人は、このように読み方を変えてみましょう。

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